Title: 代表者
Name: Kolopakin
Date: 2005/3/26(Sat) 02:36
CommentID: 12505
Message: マイノリティというかセカンドクラスは個人としてだけじゃなくてとかくグループ全体で括られやすい・・・それがきっと差別の性質というか特性の一つなんですね。例えば白人の行動が人種と関連される事は余りないけど、黒人だとそれが「黒人って」みたいな結論に結びつき易いのと同じで。
そういう意識的改革っていうのはながーい時間がかかるものだと思います。でもそれでも時代は着実に変化しているのかな。例えばその番組で出ていた熟年世代にとっては当時の環境から言っても労働市場における女性全体のクレディビリティを保つプレッシャーや使命感の方がはるかに大きかったんでしょうね。またそれが彼女達の肩にかかっていた比重も大きいわけで(で、もちろん彼女達がそれを優先させたからこそ若い世代が今の環境を享受しているわけですけど)。
逆に若い世代になると現代の環境からいってもそういったプレッシャーや使命感はかなり薄くて、自分がどうしたいかってことに比べらたら大した要素じゃなくなってきているのは確か。「いくら女性のためだからってまさか自分の選択を犠牲にするなんて」っていうのが平均的な考えだと思うので。
表面的にある行動が差別意識に基づいているかいないかとか、この地位に女性が何人いるから平等だとか差別だとかじゃなくて、女性にセカンドクラスとしての意識や自覚が薄くなること、これもある意味進歩の指標なのかな・・・と思ったりもしました。
私も過去に総合職で入社したときには個人でなく「女性総合職」であることを意識させられてましたよ。「これからの女性総合職採用の見通しは君たちの評価次第だ」みたいなね。上司に意見すれば私じゃなくて「女性総合職は協調性がなくて気が強い」、何か要求すれば私の考えや都合は問題じゃなく「女性総合職は職場の風習を尊重しない自分勝手」などなど。女性総合職側にも周りにも私たちが女性総合職を代表するのは当たり前というか義務感みたいにとらえられていたと思います。
今でも女性がセカンドクラスである以上、そういう意識っていうのは必要だと感じてます。それが世の中の見方に影響するのは確かなので。ただ女性にとって世の中の進歩と共にその比重というかプレッシャーが変わってくるものなんでしょうね。専業主婦になることを選択した女性幹部達の意識はそれを反映したものだと思うので、上の世代が必要以上に「無責任」と責める事はないと思います。むしろ自分達の努力の結果を誇りに思うべき。
個人が置かれている状況によって「働く女性を代表しての自分」と「一個人としての自分」の間のバランスってかなり違ってくると思います。今の日本の労働環境って女性の意識をどうバランスとらせるのかなって興味がありますね。
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