Title: 答えになってませんが、私の場合。
Name: applebees
Date: 2006/5/5(Fri) 14:20
CommentID: 14064
Message: 私はマネージャから見ると大きな「困ったちゃん」でした。できは悪いし、泣くし、情緒不安定ですぐ傷つく。同期はみんな優秀で入社時から自信がなかったので、結果が出せないとすぐ見限られる、という恐怖感があったからです。
仕事に慣れてくると、仕事の結果が問題ではないと気がつきました。私は、スキルや結果ではなくて、仕事を通して人との関係を築くことを求めていました。優秀で尊敬できる上司との信頼関係や、同期との絆を仕事を進める中で強めたかったんです。仕事を一生懸命することで必要とされたかったし、その先は尊敬できる相手として人間対人間の関係が欲しかった。
注意されたり指摘されたりすると、初めは自分の存在を拾い上げてもらえたようでとても嬉しかったし、それに答えようとがんばる好循環がありました。けれど注意や指摘の声にあきれられているトーンを感じたり、自分でも「こんなカンタンなことができずに注意されてしまった・・・」と思うと、人間関係云々の土俵にあがる資格なし、とレッテルを貼られたように感じ「このひとにとって私は価値がないのだな」と思ってしまいます。嫌われている、というより存在価値なし、と暗に言われているような感覚です。できない人間が会社にとって無価値なのは当然ですが、「仕事の上で価値があること」が「人間として価値があること」の前提条件になっているのが私自身の考えであり、足かせでした(今でもそうです)。
私がどんなにできが悪くても、それとは切り離して仲良くしてくれる人の存在はありがたかったです。自分の意識として「できの悪い自分にはそんな関係を持つ資格はない」「気を遣わせているのかな」と思うところもあるので100%素直に受け取ることは難しかったのですが・・・。
まず結果を出し続け、自分は役に立っているという実感を持ち、その結果堂々とコミュニケーションが取れる・・・という好循環に自分をどうのせればよいものか、まるで分からない時期でした。相手を自分より数段優れた人たちと思っていたので気負う部分も大きかったと思います。
今では仕事に人間関係を求めることはなくなりました。理由は、優秀とは認められない上司が増え彼らに興味を覚えないからです。そんな相手に何かを指摘されても痛くも痒くもありません。その分、仕事に対する熱意のようなものもなくしてしまいました。環境が変わっただけで成長していないんです。
昔の上司たちにどうしてもらいたかったのか?というものは持っていません。だめなものはだめといい、その理由を納得いくまで説明し、議論してくれたことを感謝しています。
本当に、何の答えにもなっていなくてすみません。「嫌われる」という感覚とはずれているかもしれませんが、私が「注意」を「否定」と受け取っていた理由を書いてみました。
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