Title: 私はいったことはありませんが(でも長文)
Name: sasha
Date: 2002/11/5(Tue) 17:15
CommentID: 5850
Message: 知人が二人、協力隊として派遣されています。(一人は2度目。) 一人が言った言葉が象徴的でした。 「海外青年協力隊って、給料もらいながら現地の人に教えてもらいに行くようなもの。教えてあげるとか与えてあげるとかそういうのは論外。」教えてもらうというのは、人生だとか哲学だとかそういう崇高で抽象的なものではなく、もっと具体的・物理的な知識とか技術とかいったもの。 もう一人は、ある日ある村に軽トラックで連れて行かれて、『はい、今日からここで働いてね』と道端で降ろされて終わり。「え?僕はどこに行って誰に会ってなんの仕事をするんすか?!」つまり、人脈も自力で一から開拓して、仕事も自分で見つけるんです。彼と一緒に派遣された別の隊員たちは早くも隊員同士で殻に閉じこもってしまって、現地の悪口三昧の日々に走ってしまっているとか。「何かを与えてあげよう」という理想が根底から覆されてもまだそれを受け入れられないと、その先は挫折→帰国なのかもしれませんね。 確か去年あたり、協力隊を現地で追ったドキュメンタリーがテレビでありました。挫折して帰ってくる人たちの多くは、「自分のすべきことを見つけ出せなかった人たち」のようでした。仕事がなくて「どうしたらいいのか分からない」と日がな一日太公望になっているお兄さんの姿も放映されていました。現地に入っても仕事もヒントも用意されていない。自分を待っている人がいるわけでもない。なにかできることを自分で見つけて、それを一緒に進めてもらうべき人を集めて、試行錯誤しながら進めていく、そういうもののようです。(ただ、医療関係者のように、即戦力として赴任するべき場が用意されている場合もあるのかもしれませんが。) 協力隊員に課せられる最大の難題は、途上国の生活や文化に入って慣れることではなく、いかにそこに自分が存在する意義を具体的に見つけ出すかということなのではないでしょうか。 海外青年協力隊と大々的に銘打っているので、一員になって現地に入り込めば何かが自分を待っているものと思ってしまいますが、実際は、ぽんと一人で日本のどこかの過疎地に送られて「そこでなんか見つけて働いてね」といわれるようなものだと考えた方がいいのかもしれませんね。 私も一時、協力隊に入りたいと考えたものですが(甘い夢として)、実際に行っている人たちの話を聞いたらとてもとても… 自分が見聞きした話を書いてみました。
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