Title: 執着すべし、とおもいます
Name: Rind-Rinda
Date: 2004/4/29(Thu) 10:31
CommentID: 10683
Message: もう〆られた感じですがーー、
> どれだけ何かをしたら、というよりも > 客観的に社会や会社や美術館や博物館などから > 採用通知がくればそれで私の資質どうこうよりも、 > 私が必要だという表示になるのではないでしょうか。 > (そう甘い事も言ってられないのも事実ですが)
すみません、よくわかりませんが、採用する側も賭けなのです。 もちろん、貴方を必要だと思って採用はします。が、その後 やっぱりコイツはダメだ使い物にならん、という判断を下される場合だって あります。採用は通過点に過ぎないのです。
私が申し上げたいのは、第三者による客観的評価も大切だけれど、 それに頼りっぱなしというのも危険だということです。 もし、レイオフになったらどうしますか?
自分の中でこれはと思う技術なり知識なり経験なりを身につけ、 自分の自信の根拠としていくことに、みんな頑張っているわけです。 他人の評価はその結果としてついてきますが、まず第一義的には 自分自身の依って立つ地場固めに頑張っているのです。 > 勝者という言い方は好きではありませんが、魅力的な人ってやっぱり幸せの方程式みたいな言語化できない要素がある気がします。その選択一つ一つが人生を隔てるのとてもわかります。
幸せの方程式? おっしゃりたいことはわからなくはないのですが、 そんなものは自分で作り出すのではないでしょうか。 持っていると思える人は、その過程を人には言わないだけなのではないでしょうか。 先天的にその人に備わっているものではないとだけ申し上げますね。 > 決断って私はとても恐いんです。 > ほんと仕事には困ったりしますが何を最も優先するか > など自分に対し問いを忘れない人間でありたいです。
問いを忘れないことも大切ですが、それよりも行動することも大切 だと思います。考えているだけで煮詰まってしまい、具体的に 行動しないのは不毛の極地です。それでは幸せの方程式は生まれて来ないですよ。
> もっと物事に執着したりネガティブになったりする > 不利な条件を昇華して生きていけたら > もっと人生は楽しくノビノビと生きられそうです。
物事に執着するというファクターは、不利でも何でもないと思います。 書こうか迷いましたが、私は大学に2年間半通いました。でもどうしても 捨てきれない夢があって、もう一回別の大学に入り直しました。
二回目の学生生活はちょっと悲惨でした。1週間3食、カレーを食べ続ける とか(笑)。成績が下がると奨学金がストップになるので、勉強しか しませんでした。20代のいちばんいい時期、6年間ひたすら貧乏で 勉強ばっかりしていて、ときどき自分でもバカみたい、って思いました。
でもそのおかげで、今はとても楽しい人生を送っています。 なんだか貧乏自慢というか、苦労自慢みたいでダサイには違いないのですが、 申し上げたいのは、さっさと手に入れられるものは大して価値がない のでは?ということです。仕事でも恋人でも。
執着が持てないのは、むしろ不幸なのではないかと思います。 執着することの出発点は、自分のしたいことがあるけれども、それが 叶わないところから始まります。 執着がないということは、つまり自分の依って立つ座標軸が明確ではない、 ぼんやりしているということだと思っています。 が、これはあくまでも私の意見ですのでご了承くださいね。
のんびり楽しく、というのは忙しくてツライ時期があってからこそ、 味わえる感覚だと思います。 もっと悩んで決断を下し、具体的に行動して、そしてまた悩んでいただきたいと 思いました。その過程で人は少しずつ成長していくものだと思っています。
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