Title: 社会におけるハラスメントについて(長くなってしまいました)
Name: memo0924
Date: 2004/7/11(Sun) 09:48
CommentID: 21815
Message: セクハラ(セクシャル・ハラスメント)、パワハラ(パワー・ハラスメント)等、ハラスメントと言う言葉を最近しばしば耳にするようになりました。セクハラも、パワハラも職場での対応については、労働関係のお役所を中心にいろいろなガイドブックやらHPがあって参考にできるものは多いですよね。
先のgeneralのsnlhさんのレス(#21810)にあった(snlhさん、スレッドを越えてしまいますけど、引用させてください)、以下のことを読んでふっと思ったことがありましたので、スレッドを立てさせて頂くことにしました。
> 具体的な出来事を机上で相対化して > いかなる真剣な声も無効にしてしまって > 結局は既成の差別構造の温存に貢献するだけ、 > そういった態度を最近よく目にして > 気になっていたのでレス付けさせていただきました。
この書き込みと、私自身がこの前ブラジル人の友人(彼女は社会学者)から聞いたことがダブったのです。snlhさんの書き込みは性差別のスレッドの中で書かれていたものなので、性差別の構造を前提にして書いておられると思うのですが、ブラジル人の友人の話は、社会の貧富の構造と個人の選択の自由に関するものです。ブラジルでは様々な人種が共存していて、社会統計などに表れる人種の種類も数多くに上るそうです。そして、あからさまな人種差別は他のどの国よりも少なく、自由で差別意識のない国、とブラジルの多くの人は思っているとか。たしかに、いろいろな肌の人たちが非常に自由に混じり合って社会を形成しているように見受けられました。ところが、マクロにみるとどうか?彼女が例に引いたのは教育の機会。差別意識はないので、個人がどの学校を選ぶかは全く自由で制限はない。ところが、高校レベルで見ると私立の(=お金のかかる)教育内容が良い、とされる高校には白人子弟が多く、公立の高校には白人以外の子弟が多い。そして、大学になると、トップ校はほとんど国立・州立で授業料も安いのですが、そういうところは「良い高校」をでた白人子弟が多い。お金のかかる私立大学には金銭的に苦しい白人以外の子弟が多い。でも、個人個人では、彼らは、「これは自分の選択。お金はかかるけど、自分はそれを自分で働いて払って卒業するんだ」といって実際にそうするのだというのです。 全く問題がないように見えるけれど、でも、機会の平等が本当に補償されているのか、彼女からすると疑問だというのです。出発地点が不平等。本当はその出発地点の不平等をなくすための社会的な仕組みがあるべきなのではないか、と。それはその話を彼女としていたときに周囲にいた彼女の同僚達も同じ認識のようでした。
さて、この話を日本の社会構造でみると、どうでしょう?個人的にはセクハラはないわよ、と思っている人も多いかも知れません。でも、日本社会をマクロに見たときにどうかしら?パワハラは?
以前、「日本の今の社会は過去のどの社会よりも女性の子育てが容易な社会になっている」という主張をこのBBSのどこかで読んだことがあるのですが、でも、今、mamma mia!で語られている問題はどうしてなんでしょう?そして、snlhさんの指摘されているような、「いかなる真剣な声も無効にしてしまって、結局は既成の差別構造の温存に貢献」するような力は、実はいろいろなところにあるような気がしてなりません。既に半年も前ですが、セク板でmicoさんが立ててくれたスレッド「14973 どうでもいいことなのかもだけど…ヤリマンとサセコ、そして兄弟・姉妹 - micorazon 2004/1/4(Sun) 06:38」の議論も踏まえて考えてみたいと思います。
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