Title: 親と社会
Name: memo0924
Date: 2005/2/4(Fri) 09:11
CommentID: 24051
Message: > 近所やコミュニティで助け合う・・・というコンセプトとはまた方向が違いますけど、こうやって政府に家庭に踏み込む強い権限を与えるのは子供の安全と福祉は親を越えて社会にも責任と義務があるという価値観に基づいている制度ですよね。これからは日本も親と社会(政府)の義務の間の線がだんだんと変わってくるのでしょうか。
この話を読みながら思い出していたのが、北海道大学教授の山岸俊夫の「信頼の構造」という本。本棚のどこかにあるはず、と思って探してみたんだけど、すぐには見つからない。で、彼の書いた複数の本がごちゃ混ぜになってるかもしれないけど。
安心な社会と安全な社会、信頼との関係を論じた訳なんですけどね・・・。わたしが24045で書いた内容とも関連するんですが。24045で書いたような社会っていうのは、ある意味日本の典型的な農村社会なわけですが、あれって、「他者(よそ者)に対する信頼は非常に低い社会」なんですね。そのかわり、コミュニティ内では相互に目を光らせているから「安全」。彼は不確実性の存在ということと併せて論じているけれど。 一方、アメリカ社会は移民社会といわれますけど、ある意味不確実性は対人関係においてかなりつきまとう社会。それで対人関係を築くときに「コミットメント」を重視するのだと。コミットメントをするということは、ある意味他者(よそ者)に対する信頼はあるわけで。契約する→相手が契約を守ろうとする、という前提ですよね。
ちょっとまだ考察の途中で、頭の中のこと半分も書いてないですが。また時間ができたら書きます。ごめんなさい。
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