Title: 何故に
Name: Fu-ji-ko
Date: 2005/6/1(Wed) 21:44
CommentID: 25572
Message: そこまで「自分探し」と称して、俗に言う遊学している人達に対して、否定的なのでしょうか?
身近で相当嫌な思いをされたのか、逆にうらやましいのか、単にけしからんという個人的価値観なのか。
少々混乱しました。
ご自身にとっては、
「自分探しと称して海外を訪れる人は、超上流階級層の生活に憧れ、真似をしているだけ」
「いずれ労働に復帰しなければいけないのに、無駄な事だ」
という行動なんですよね?
そう感じられるのは構わないと思いますが、 「自分探し」という言葉への概念や、それにまつわる行動に対しては、ここだけでも結構色々な意見があります。
それだけ定義付けが難しいという事でしょう。
単に、様々な意見を知りたいという事でしたら、理解出来ますが、どうしても否定的なお考えを押し通したいという印象を強く受け、少々複雑です。
「自分探しにおける他人の重要性」というご意見も、いくつか拝見致しました。
個人的には、他人との比較や関わりをもって、自分が生きてくるとは思いません。
自分探しは他人を抜きにしても、十分語れる事だと思います。
あくまでも人生、最終的に向き合うべきは己自身だと思いますので。
自分がどんな人生を送ってきたか。 地位や名誉だけでは判断出来ない様々な思いを知っているのは、自分だけです。
周囲がどんなにうらやむような人生でも、満足はしていないかもしれません。
例えば、他人からの高い評価・他人との比較から得る優越感・羨望などなど・・・
これらは、多少の満足を得られる人もいるでしょうが、 自分→自分への評価には到底敵わないと考えます。
「生き様」というものは、非常に大切な事だと思いますので、 その糸口として、自分探しをしに海外を訪れても悪くはないでしょう。
最初の投稿を拝見し、 「自分探しと称して、海外に行くのが、単なる現実逃避だったら、若者よ、ちゃんと働く喜びも知りなさい」
という事なのかな?と思い、勝手に納得出来る面もある。と思っていましたが
「それは単に超上流階級の真似事、云々・・」というご意見には首をかしげてしまいました。
まあ、是非の付けられるものではないと思いますが、 仮に「そんな事しても無駄」だったとしても、 人生、無駄の一つや二つあった方が潤う場合もありましょう。
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