Title: お疲れになりませんか?
Name: yogini
Date: 2005/6/2(Thu) 14:49
CommentID: 25578
Message: maniaさん、こんにちは。
> そこで大胆な仮説ですが、「自分探し」に出る人の階級は知的に見て超上流階級だといえないかと言うことです。つまり、労働階級、ホワイトカラーの更に上を行く、哲学的な「自分探し」に専念し、直接の労働から開放されている階層だとだと言うことです。
大胆すぎませんか?超上流階級とは?哲学的な自分さがしとは?ここで、≪哲学的な自分探しに専念とおっしゃるのなら≫、自分探しの意味をはっきりと認識されているのではないですか?
> 丁度イギリスの上流階級は直接生産に携わることなく、学校の勉強でも直接役に立つことは学ばず、哲学、文学、芸術など、広範な教養になるものを重んじていると聞きました。
直接役立つ事は学ばず…とは。。哲学も文学も芸術もすべて、人生に役立つ学問ではないでしょうか?
> 労働から開放されているのが、超上流階級であり、一時期的にも、其の身分を体験してみようと言うところに、意味があるように思います。
労働から解放されている=上流階級。自分探しの放浪の旅は上流階級の身分(意味は分かりかねますが)を体験したい…という考えでいらっしゃるということですね…。分かりません。
個人個人、色々な意見や考えがあります。それを、こういった場で知ったり、教えて頂いたりして、自分の視野を広めていくこともできます。 大胆な仮設を唱える意味が私には分かりませんでした。 やはり、自分の知りたいことに対して、色々な意見を頂くのですから、受け入れる気持ちが大切なのではないでしょうか? なぜか、この「自分探し」に対して、否定的な面が見えてきます。自分探しに対しての内容・言葉は人それぞれの見かたによって変わってきますよね。 そして、これだという決定的なものを見つけることは個人個人の胸の内で良いと思うのです。それを、否定的にとらえたり、自分の価値観でしか物を見ることができないと、自分自身が疲れるような気がします。
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