Title: 分相応・身の丈で・・好きです!
Name: eco-keko
Date: 2002/10/19(Sat) 09:09
CommentID: 11500
Message: > これに返すに、言われたら譲る(それまでは自分の手の下においておく)、というのは些か不遜に思えてきます。不用の用を欲することは、少々浅ましくも見える。 > 周りと交感がなくて窮屈そうに見える。これは十分を知らない窮屈さ、なのかもしれません。 > > 自分にどうしても必要なこと以外は、札に書かれた高齢者や障害者や目の前の特定な誰ではなく、そのとき必要と思うであろう見知らぬ人のために、あらかじめ、譲っておくというのは、とても日本的な美しい所作であったようにも思うのですが、こんなことを今更思うこと自体、もはや今は昔なのかもしれません・・というようなことを横浜までぼんやり考えていました。
plasticaさん 同感ですね。
タダ 「日本的な…」とも「昔」とは思いません。 何処の国を旅しても 今でも 目にする風景です。 タダ都会では少なくなっているかも… それと「自由の履き違え」でしょうか…
「忙しい」と言うのは【心を亡くす】と書くと言いますから… 忙しさにかまけて…知らないうちに、いやな世の中にならないようにしたいものですね。
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