Title: ごめんなさい文脈がよめないの質問
Name: plastica
Date: 2002/11/2(Sat) 11:26
CommentID: 11873
Message: こんにちは。
> 私が、伺いたかったのは、食わず嫌いが、社会性にまで繋がる可能性があるのではないでしょうか?と思っていることに対してでした。
思っていることに対して何をお聞きになりたかったのでしょうか。
> 体質的に受け入れられないから嫌いというか食べられないというのは論外で、見栄だけで、「いや」というひとは、往々にして、人を見かけで判断しているように思う人との食事でツイツイ感じたからです。
ええと、KoKo-32301さんの「残すことは人に不愉快を感じさせるのか」というトピックからつなげていいのかな。社会性がない人に見えて、違和感を感じるということなんでしょうか。
食事の方が、ひとの見かけよりダイレクトに嫌悪感をもちやすいと思いますよ。五感を全部刺激して体内にダイレクトに入ってくるもん。好き嫌いって、生理的な刺激によるもので、理論的であるはずがない。これを克服するのは意外と大変だと思います。他人の方が理論的になんとか納得する術がある気がする。確かに食べることも人付き合いも全てのものを自分の快でしか図れない上に自分を砕く努力をしない人はたくさんいると思うけど、好き嫌いがあっても社会性がない訳じゃない人もいると思います。そういう人は自分の不快を他人に撒き散らさないことを心得ている訳で、好き嫌いそのものでは社会性を図れない気がします。
食べるって、違う生物を身体に直に入れる行為だから「異物とどう折り合うか〜何を排除して選択して咀嚼して吸収して排泄するか」という根源的なことですよね。食べる幅が広いことは、あるいは違和感のあるものをいかに取り入れていくかの訓練になるかもしれませんけど。うーん言い切れるのか。社会的な話でいうなら「満遍なく食べる」価値観のほかに「必要以上は食べない」という選択肢が出てきてるのも考えなくちゃいけないし。なんか抽象的にズラしているな私。
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