Title: 逆の立場ですが
Name: kyo
Date: 2002/11/5(Tue) 13:44
CommentID: 11912
Message: わたしは以前ベジタリアンだったので、会食にいくと食べられるものが少なくて困りました。おまけに、「お肉食べないと体に悪いよ」と忠告してくださる方(おじさま)があまりにも多くって、返事するのがめんどうくさかったくらいです。
でも、わたしのように、「主義主張」で食べないのはさておき、どうしても体が受け付けない友人などは、接待しに行った席で強要されて泣きながら食べたそうです。そしたら、「ほら、食べられるじゃない」と、オジは嬉しそうだったとか。。
これなんか、セクハラを通り越して、精神的レイプ?なんて思ってしまいます。また、それがとてもかわいい女の子だったから、なおのこと食べるよう強要したんだと推測してしまいます。
今はわたし自身は、牛や豚、羊などの大きな動物は食べない、というふうに自分のなかのシバリを弛めているのですが、「魚ならOK」というと社会的な逆風がほとんどないことに驚いてしまいます。肉も魚もだめ、といっていたころは、(実際に食べられるものがメニューにほとんどないのはさておき)「なぜ食べない?」といわば社会的な向かい風をものすごく感じました。食べ物という、とても個人的な領域で、「常識」を押し付けられるのは苦痛です。
個人的には、「食べたいもの=体が要求しているもの」を食べればよい、と思っているので、1日30品目説など無視していますが、残すのはいい気分じゃないので、出てきてしまえば、わりときちんと平らげています。「ベジタリアン思想」と「エコ思想」がバッティングした結果、エコが勝った、というか、単に食いしん坊なのです。
それよりも、個人的に食べ物のえり好みがあることは「人間力が弱い」と感じたエピソードがあります。チベット旅行に行ったとき、僧院でお坊さんがバター茶で練ったツァンパ(麦焦がしの粉)をいただいたとき、一口食べたわたしは「おえっ!!」というかんじでのどを通らなかったのですが、そこにいたイギリス人は「おいしいね。ランチにぴったりだよ」と言ってぱくぱく食べていました。お坊さんの手だって、清潔かどうか分からないのに。。と思って「引いて」いたわたしには絶対無理なことでした。
そのとき、さすが世界を制覇したイギリス人だけのことはある、と妙に納得しました。そういえば、他にも、現地の食事を愛用していた人はイギリス人に多かった気がします。
どこに行ってもそこの土地のものを食べられるほうが、生き延びる力は強いですよね。悲しいかな、日本はおいしいものが多い土地なので、その意味では「弱い」部分もあるように思います。ちょっと問いかけにはズレたかもしれませんが……。
あ、もちろん、グルメ云々は別次元の話です!
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