Title: 私は
Name: medico
Date: 2003/1/10(Fri) 20:20
CommentID: 13055
Message: > 書けないから最初から気を利かして代筆すべきだったのか > > 他の人と同じようにまずは接するべきだったのか
文字を書くのに大変な苦労をする人だということを知らなければ、ひとまず用紙とペンは渡します。で、見ていてかなり書きにくそうにしていたら「私が書きましょうか?」と聞いてみると思います。
それは「身障者だから」ということではなく、手伝えることは手伝う、できる人がやる、という発想からなんですけど。駅の階段で重たい荷物を苦労して一段ずつ下ろしている人に「手伝いますよ」と言うのと同じように。
おそらく、「それでも本人が自分でやり遂げたいと思っていること」や「そうさせたほうが良いこと」というのはあるのでしょうけど、他人には判断のつかない場合が多いと思います(身障者の場合に限らず)。 ですから、控えめに一声かけて、大丈夫ですよと言われたら下がればいいんじゃないでしょうか。 私はそれが、「他の人と同じように接する」ということだと思うのですが…。
平等って、「皆が等しく同じ作業をし同じ結果を得る(ことを促す)」ということではないと思うのですが、どうでしょうか。
でも、何だかいろいろ考えているうちに向こうから頼まれてしまうことってありますよね^^; 目の不自由な人が街中でちょっと不自然な(そう見えるような)動きをしているときなど、困っているのか次の行動へ移るためのいつもの動作なのか、少し観察しちゃったり。 判断とタイミングが難しいときはたくさんありますね。
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